【連載】第一話・選ばれない女(前編)~Dangdep!できない女たち~

男から選ばれない、結婚の約束が無い、若さと向き合えない……表には出せない、だけど女性だからこそ持ってしまう「痛々しい本音」の詰まった恋愛小説がここに開幕! リアルだからこそ共感できる5人の女性たちが繰り広げるオムニバスな恋愛模様は、果たしてどこへ向かうのか。女性だけが抱える痛々しさと愛おしさをあなたはどう受けとめる?

「それでさ、なんつうか……美雪と付き合うことになった、っていう」

じゃあ私と行った半年前の沖縄旅行や、ウチに何度か泊まりにきたあの行為はなんだったわけ――という言葉を、竹橋明美(たけばし あけみ)はぬるくなったコーヒーと一緒に飲み干した。

ちょっと話があってさ、と木場亮平(きば りょうへい)から連絡が入ったのは水曜日のことだ。

亮平とは大学からの付き合いで、専攻もサークルも同じ、就職した後も月に一、二回は会っているほど仲の良い男友達である。男友達という枠に入る男性は明美の中に何人かいるが、最も気が合い、二人きりで旅行しても全く苦にならないのは亮平だけだった。

だから亮平から連絡が来た時、明美は、やっとかという呆れた態度で金曜の夜に何とか空きがあることを伝えた。もちろんスケジュールなど始めからまるで埋まっていないが、五年以上友達として自分を待たせたのだからこういう駆け引きもアリだな、と思ったのだ。

正直なところ、亮平のことが好きなのかというと微妙なところだった。顔は悪くないと思うがとくにタイプというわけではないし、年収よりも働きやすさという点で就職先を決める向上心の無さがどうもパッとしないように感じてしまう。

それでも五年の付き合いがあるだけあって、好みや話のツボが合うし、彼なりの男らしさがあることをちゃんと知っていた。

だから亮平が自分を選んだその時は、自分もしっかり彼をそういう目で見ていこうと。

そう決めていた、のに……。亮平が選んだのは明美の友人の、葛西美雪(かさいみゆき)だった。

 

「……へー。まさか美雪とアンタがねー」

「もしかしたら葛西からも連絡あるかもしんないけどな。アイツ、明美に式でスピーチしてもらうとか言ってて。さすがにまだ結婚まで考えてないのにさー、気ぃ早すぎだろ」

「ちょっとちょっと。私らもう三十だよ? 美雪の気持ち考えたら、結婚の話が出るのも当然でしょ」

「うーん。まあ、そこらへんは葛西とゆっくり話し合うって感じで……」

「ってか、美雪は名字で私は名前呼びとか。普通逆でしょ」

「いやー、なんか恥ずかしくってさ」

「私の名前を安く扱わないでくださーい」

大学生の時と同じノリで唇を尖らせてみれば、前に座る亮平もまた、同じノリで豪快に口を開けて笑っていた。隣の席に座る女性客からの視線に気付いたので、すぐに三十歳らしい態度に戻ったが。

それからしばらく、明美は亮平と近況について話した。というか、美雪と亮平のことについてまだ受け入れる態勢になれていないというのが正直なところだ。

懐かしいな、ホント。いつもこうだった。

大学を卒業してからも、亮平と会うといつも気持ちが大学生の時の自分に戻った。お互いに物事を追求したがる性格だから、時には周囲そっちのけでガンガン言い合うのもよくあることだった。そしてそんな自分たちを、美雪はいつもニコニコしながら見つめていたのだ。

そういう、自分とは逆に大人しめの美雪が、当時からけっこうモテていたのも知っていた。明美がちょっといいなと思った男が、美雪に気があると知ったのも一度のことではなかった。

いつもいつも……選ばれるのは美雪だ。

明美は食後のデザートを味わう気にならず、さっきからずっと口から飛び出てきそうな醜い非難の数々と一緒に、なんとか胃の中へ流し込むのだった。

 

Dangdep!できない女たち ~第一話・選ばれない女~

明美の勤めるS社は、割と知名度の高い広告代理店である。とくに女性向けのクライアントが多いからか、オシャレという部分に関して非常に規則がゆるい。

新卒や20代ぐらいの子は『CanCam』、それより上の女性は『Oggi』あたりをしっかり読んで、毎日服が被らないように出勤してきている。昼休みが終わる頃の女子トイレの鏡前では、いつも陣取り合戦が行われていた。

そんな女性社員たちを、「よくやるなぁ」と他人事で眺めているのが明美だった。

オシャレに興味が無いと言ったら嘘になる……が、明美は高校生ぐらいの時から、いわゆる『モテ』を意識したファッションに苦手意識を持っていた。別に全ての女性が『モテ』のために服や化粧に力を入れているとは思わないが、あからさまに男の目線だけを意識している女性がいるのも事実だ。

テレビや雑誌で特集されている『モテファッション』を追うなんて、主体性が無さ過ぎではないか?

そもそも、そういうあからさまなファッションにつられる男ってのは、つまり女性を見抜く力が無いスペックの低い男ということじゃないか?

そういった考えがどうしても頭の中をよぎる明美は、今日も濃紺のスーツに無地のワイシャツ、飾り一つ付いていないパンプスをチョイスした。だいたいこの組み合わせで、変化があるのはせいぜいスーツの色ぐらいだ。

ふと、先月会った美雪のことを明美は思い出した。会社から直接店に来たにも関わらず、化粧崩れも無ければ毛先から爪の先までキラキラ輝いていた。

その日は亮平とよく行く焼鳥屋をチョイスしたのだが、店内にいたおじさんたちが一斉に美雪に釘付けになるのがわかった。周囲の席から何度か声がかかったし、しまいには店主が焼き鳥を何本かサービスしてくれた。今まで亮平と通い続けて、そんなサービスは一度たりと無かったというのに。

――男ってホント、バカばっかり。

サービスされた焼き鳥を前に無邪気に喜ぶ美雪を眺めながら、明美はビールを煽った。それでも自棄酒にならなかったのは、心の片隅に亮平がいたからだ。

大学生の時、亮平に『モテファッション』への批判めいた気持ちを思い切って打ち明けたことがある。自分はあまり好きになれない、と。

そしたら亮平は強く同意してくれたのだ。

「ああいうのが似合う女子って、むしろちょっと苦手な部類」

しまいにはそんなことまで言っていた。その時始めて、自分の中に上手く形容できない安心感が生まれたのがわかった。同時に、亮平の株がぐんと上がったのもその時だ。

だから世の中に『モテファッション』で男たちに選ばれようとする女性が増えようと、美雪が男たちから選ばれる瞬間を何度も見せつけられようと、明美はかまわずにいられた。

なのに――。

「竹橋さん。ちょっといいですか」

声をかけられ、ハッと我に返る。週明けの月曜日からこんな調子ではいけないと、声をかけてきた神保光一(じんぼ こういち)の方へ向き直った。

「経理に出す書類なんですけど、確認をお願いしたいんです」

受け取った書類に目を通しつつ、明美は神保から向けられる視線になんとなく意識がいった。神保は明らかに、こちらの服装をチェックしていた。

明美がそれとなく書類から視線を外すと、同じタイミングで神保も明美の服から視線を外した。

「忙しい時にすみません」

「……とくに問題無いよ。私が経理に届けようか?」

「いや。大丈夫です。ありがとうございます」

真っ直ぐ目を見てお礼を言う神保は、愛想が足りなくはあるが、明美にとって同じチームに属す可愛い部下だった。

新入社員として入ってきた頃から、女性社員の間で今年度のアタリ社員と注目されていた。そんな彼が部下になると聞き、はじめは明美も不安で仕方がなかった。

すでに良い意味で目をつけられている男という以前に、五つも歳の離れた男の部下を持つのは初めてで、どう接して良いのかわからなかったのだ。

だけど神保は同期たちと大きく差をつけるほど仕事ができたし、愛想の無さをカバーできるほど華があった。だから男女問わず先輩たちから可愛がられていたし、「私の部下とトレードしよう」と同僚から半ば本気で言われたこともある。その頃にはもう、神保の人気は逆に自分のステータスのようにも感じられた。

そんな神保は最近、経理のお局にロックオンされているともっぱらの噂だ。あまりその人と接点の無い明美だが、三十五歳にして『CanCam』を愛読書にしていることを知ってから、なんとなく良い印象が持てないでいた。

「最近、経理から書類を持って来るようご指名があるみたいだけど、真面目に取り合わなくていいんだからね? 書類の中身の話ならともかく、提出なんて誰がしたって同じなんだし」

「そうですね」

「もし神保が書類を持って行かないことで何か言ってくるなら、その理由を聞きに私が経理に行くからさ。業務に差し支える前に、ちゃんと私に言ってね」

「ありがとうございます」

そっけなくはあるが、神保は初めて会った時からこんな感じだった。最初は感じが悪いと思ったのだが、むしろ彼は誰にでもこういった態度で、良くも悪くも裏表が無い。その辺りが周りから気に入られる要素なのだと思った。

「おい神保、ちょっといいか」

今度は課長からのご指名だ。神保は軽くこちらに会釈すると、すぐに課長の席へと移った。

近くの席の女性社員は、神保の姿を盗み見ながら何やらキャッキャ騒いでいる。どちらも爪の先にラメやら石やら乗っているタイプだ。

神保もああいう子たちが好きなのだろうか。いや、好きだろうな、どうせ。

勝手に最後の砦だと思っていた亮平のこともあり、神保も結局はそういう男だろうという予感が芽生えた。明美はますますブルーになる。

 

* * * * *

 

昼休み、コンビニの雑誌コーナー前で足を止めた明美は、周囲に同じ課の人間がいないことを確認してから、アラサーという文字が表紙に書かれた女性誌へと手を伸ばした。

パラパラと流し読みをしていくが、服やメイクの特集には必ず『モテ』や『男ウケ』という言葉が使われていて、すぐに後ろの方にあった『アラサー読者の井戸端会議』という特集まで飛ばしたくなった。

「“モテる着回し一ヶ月”って、一ヶ月ずーっとモテること考え続けるわけ?」

思わずそんなことを呟いた。鼻で笑ってみたものの、しかし雑誌の中のアラサーモデルは、自分よりずっと人生を謳歌しているように見える。

なんだか虚しさがこみ上げて雑誌を棚に戻した明美は、ふとスマホに連絡が入っていることに気が付いた。美雪からだった。

大学の時から変わらない可愛い絵文字が散りばめられた画面の中に『実は亮平くんと付き合うことになったんだ』という文章が入っていた。それを見付けるや否や、明美はスマホがダンベルか何かのように重く感じ、返信せずに鞄にスマホを突っ込んだ。

美雪は、確かに可愛い。私が逆立ちしたって打てない絵文字を臆することなく使う。男たちからどうすれば愛されるのかよくわかっていたし、そういうところは素直に感心する。だけど問題はそこじゃない。美雪みたいに『モテ』を全身で表しているような女性は苦手なんて言っておきながら――二人きりでご飯もテーマパークも旅行も行っておきながら、私を選ばないとか意味がわからないんですけど。

亮平への不満が、ずしんと胃の底に溜まる。

明美は結局何も買わずにコンビニを後にした。社に戻るまでの道には、いたるところで『モテ』を身に着けた女性たちが楽しそうに闊歩していて、ますます気分が重くなった。

 

to be continued…